日本以外の国でのデジタル遺品の扱い

 

日本ではデジタル遺品という概念が近頃生まれたようですが、これは国が違っても似たような概念があったりするものです。
もちろん、日本と全く同じということはありませんが、どこの国であっても共通する感覚というのはありますから、電子機器に残された故人のデータというのは遺品のように扱う人がいるのも珍しいものではありません。
そのような光景を目の当たりにすると、人種や国が違っても人間の本質は変わらないものだと実感します。

南アフリカの僕が住む地域では…

日本では最近デジタル遺品の扱いについて協議されることがあるようですが、今現在自分が住んでいる南アフリカでもそれなりに話題になることがあります。
日本に住んでいると、南アフリカは電気も通っていないような場所だと思っている方もいるかも知れませんが、日本と遜色ないとは言えないものの想像している以上にITが発達しているのは事実です。
携帯電話も当たり前に普及をしていますし、様々な電子機器を扱っている人も沢山いますから、デジタル遺品という概念自体はこちらにもあります。
ただ、全ての人が電子機器の扱いに慣れているわけではありませんから、中にあるデータの重要性を知らずに処分をしてしまう人もいれば、重要性はわかっているけれども操作の仕方がわからずに取り出すことができずに悩む人もいます。
結局の所この辺の感覚というのは、人類全体の普遍のものであり人種や国は問わないのではないかなと海外で生活をして感じる出来事です。

遺品の幅は広い

デジタル遺品という言葉を耳にするようになってからは、遺品の幅は広いと感じるようになりました。
例えば携帯電話そのものは間違いなく遺品になりますが、その中に入っているデータはどうなるのかという問題があります。
データの重要性を知る人はそれも遺品だと感じることですし、逆にそのことに疎い人であれば携帯電話自体は遺品だと思ってもその中身に関しては興味がなかったりするものです。
確かにデータというのは物質ではありませんから、遺品と呼べないものであってもおかしくはないかも知れませんが、写真は遺品扱いになるわけですから画像データだとどうなるのかということになってしまいます。
これも新しい時代の概念だからこそまとまりがつかないのでしょうが、南アフリカですらデジタル遺品の概念を持っている人は少なからずいるわけですから、データであっても遺品と考えて良いのではないでしょうか。
今は概念の過渡期のようなものですから、後何年かすれば一般の認識ももっと変わってくるかも知れません。

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